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消すかもしれない話「後輪」その2

どうやら、自分の家が人と違うことに気がついたのは物心が付きだしてからである。

あの家には最先端の家電製品があり、食卓には見たこともないようなご馳走が並び、同級生は真新しいおもちゃを手にし家族が揃っている。


振り返ると自分の家にはそれらが何もなかった。

どうして?
母親に訊ねたことがある。


「どうしてウチには父ちゃんおれへんの?」


「どうしてウチにはおもちゃがないの?」


「どうしてウチは貧乏してんの?」

子供とは何と残酷な言葉を発するものであろうか。

自分の力でどうにもならない運命のようなものに翻弄されて、自分の子供からそんな質問を浴びせられた母親の気持ちはいかほどのものであっただろうか。

そんな子供の問いかけに
「金はないけどお前らに乞食はさせへん」

「心まで貧乏になったらあかんで」

心から搾り出したような母親の言葉は今でも脳裏に残っている。


そうか、金や。

金さえあったら友達が持っているおもちゃも買えるし、あの家で見た美味そうな食い物も買える。

駄菓子屋で見かけたおいしそうなジュースも飲める。

金銭への執着が自分の中で大きくなった。



小学生の高学年になるとアルバイトに雇ってもらえた。

植林といって杉やヒノキの苗を背中いっぱいに背負って山中の植林地に運び植えて帰るアルバイトが時々あった。

険しい山道をはぐれないように大人の後をついて歩き数千円を手にする。
小学生のアルバイトでそんな金額を手にすることが出来たのは、その仕事が危険な証でもあった。
歩くのは整備された登山道ではなく獣道である。

道に迷ったり滑落すれば死はすぐそこにあった。

新聞配達もやったが、そうして手に入れたお金は全て自分の手元を素通りし母親の財布に収まり自分の手元には何も無かった。


しかし今にして思えば金は無くともそれでも良かったような気がする。

問題はイジメである。
父親がなく母親は障害を持っていて貧乏。
昭和の時代に外界から閉ざされた寒村ではそれだけでイジメの標的にされるには十分である。

しかも性質の悪いことに自分をイジメの的にしていたのが担任教師であった。
理不尽なことで履いていた靴でビンタを喰らい、意味もなく足蹴りにされて意味もなくみんなの面前で罵られる。

自然と学校からは足が遠のき次第に自分の心の中には狂気が宿り、やがてそれは大きくなっていった。


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