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菅原文太の立ちション・その参

夕べ晩ご飯に生セロリを大量に食い過ぎて今日のゲップがセロリ臭い。
まるで飢えたキリギリスのような今日のオレ。

さて、文太さんが出てこない文太さんシリーズも第3話まできたけどここで「がん保険」の成り立ちについて書いてみようと思う。
「そんなの興味ない!保険金さえ払ってくれたらOK!」って人も居ると思うが、読んで腹が減るわけでもないのでしばしお付き合いを。

時は1950年代初め。
場所はアメリカジョージア州コロンバス市。

愛すべき母親の亡骸の元で3人の兄弟が嘆き悲しんでいた。

母親の死因はがんであったが、保険が進んだアメリカでもその当時はがんに特化した保険がなかった。

もし、がんで給付される保険があれば母親に満足な治療を受けさせてあげることができたのに・・・


ヨシッ!!
がん保険がないんやったら自分らで作ったろ~!!
3人兄弟がそう心を決めて1955年にがん保険は産声を上げた。

皆さんもご存知のようにアメリカでは日本のような公的健康保険がない。
(オバマ政権で制度化されるみたいだが詳しいことは承知していない)

病院の窓口で「お金もありません」「民間の保険にも入ってません」と言うと・・・



「お帰りはあちらです」と言われる。

残酷な気もするがそれが現実。

よく「日本人は保険好き」と言われるがアメリカのそれはもっと切実で、相当の貯えもなくがん保険も入っていないとなると、治療を受けることもなく黙って死を待つかそれとも破産するかの選択である。

3兄弟ががん保険を設計して販売するようになってアメリカで爆発的に契約者が増えたのは必然であった。

ちょっとここで他の保険にも触れておこうか。

元々保険ってのは損害保険が始まりで、海上輸送のリスクをどうにかしたいために生まれたとされる。

海上貿易が発達するにつれ、荷主や船会社や取引相手などが自分が被るかもしれない損失を誰かに引き受けてもらいたかったのが始まりであったらしい。

今でも損保会社の社名に「○○海上」とかあるのはその名残でもある。

生命保険は1800年代にイギリスで生まれた。
かの国では死亡保険のことを「ラスト・ラブレター」とか呼ぶらしい。

死んで行く者が残った者に宛てる最後の気持ちみたいなもんかな。

日本には明治時代、福沢諭吉が伝えたのが始まりで、一般的な死亡保険であった

諭吉さんが作った保険会社に紙に印刷された多くの諭吉さんが吸い込まれる。
これは諭吉さんの罠か?(そんなことはない)

さて、今では多くの会社が扱っているがん保険であるが、1955年にアメリカで誕生して以来、太平洋をわたってわが国に広まり、がん患者のサポートが出来るようになるまでは、約20年の歳月と一人の男の登場を待たなければならなかった。

文太さんの話がいつの間にか諭吉さんに替わってるけど、しつこく続く。

ん?
もう飽きたとか言うのは誰?
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