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こんな時になんだが・・・後編

昨日からの続きで、死亡保険を細分化して考えてみよう。

誰かにとっては、それは残された家族の生活費用であり、誰かにとっては相続対策であり、事業を行っている人にとっては継承するための手段であり、誰かにとっては葬儀費用になる。

まず、残された家族の生活費用は、主に世帯主に当てはまる。

一口に生活費と言ってもどうやって計算するか途方にくれるが、一例をあげてみよう。

お父さん30歳で2人のお子さんが居て、下の子は5歳で年収500万円としよう。

下の子が大学を出る22歳になるまで17年ある。

そこで(500万×0.7)×17で計算してみると、59500000万円の保障が必要と計算出来る。注(必要補償額は年々減っていくし、自営業か会社員かでも違うし、賃貸か持ち家かでも違う)

残りの0.3はどうするのかと言えば、遺族年金で賄う。

遺族年金は、子が18歳までしか出ない。
大学進学を前に、年金は打ち切られるので注意が必要かも。

他の相続対策や事業継承については、誰もが当てはまるわけでもないので省くが、誰もが当てはまると思われるのが葬儀費用。

これの全国平均が350万円前後やったように記憶している。(うろ覚えなので参考程度にしておいてね)

えっ!!
そんなにかかるの??!!とビックリするが、あくまで平均なので上を見るときりがないが、下は概ね100万円程度ではないかと推測する。(その他諸々の経費も含めて)

では、100万程度の貯えがあれば、死亡保険なんていらないかと言えば、年代別で捉えると、全くその通りである。

交通事故死であれば、自賠責から賠償金が出るが、死に方はチョイス出来ないところが悩ましい。

しかしなぁ・・・葬式を出すためにだけ、なけなしの金を貯めるのも何だかなぁ・・・

どうせなら、金は楽しくて社会に役立つように使いたい。

さて、自ら恥をさらすようでなんだが、自分が保険を扱う仕事をしていながら、親の事は何も知らなかったから情けない。

それというのも、離れて暮らしていたせいもあるが、この仕事を始める時に「家族、親せきに頼るような営業はしない!!」と心に決めていたせいもある。

それはそれで、ある一面では間違いではないと思うが、ある一面では間違いやったように思う。

せめて家族の事は、しっかりと自分が考えておくべきであったと。

幸いにも、まだ残された家族は元気で居てくれる。

今のうちにしっかりと話し合いをして、突然訪れるその日に対して備えをしておこうと思う。

「こんな時になんだが・・・」と言われてもいいように。

広島ブログ
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こんな時になんだが・・・前編

20××年某月某日。
銀子は、優しくて男前でナイスガイで、とても良い人だった父の通夜で泣き崩れていた。

この世に、これ以上悲しいことがあるのか?

一体、人間の涙の容量ってどれくらいあるのか?

足元は、まるで砂の楼閣のように音もなく崩れていきそうな気がしていた。

そんな悲しみに暮れる銀子の元へ、一人の男が近づいてお悔やみを述べる。

続いて、言いにくそうに出た言葉は・・・

「こんな時に何だが・・・お父さんにお金を貸していてね・・・」

「ちょっとまとまった金額で100万円あるのよ」

「こんな時になんだが、借用書もあるし、返してもらえるかな?」

「お父さん、生命保険入ってたでしょ、ではその一部で・・・」

何か昼ドラマの一シーンのような気がするが、実際ありそうなお話でもある。

銀蔵が100万円借金していたとしても、連帯保証人でない限り、相続放棄の手続きをすれば支払う義務はない。

しかし「銀子ちゃんの進学費用に貸したのよ・・・」と言われたら、心情的に抵抗がある。

無理をしてでも払いたいところであるが、銀蔵さんは生命保険に入ってたのか、そこが問題。

男から100万円借りたことを鑑みると、貯えがあったとしても多くは望めまい。

保険金が入るとしても、いくら入るのか?

いつ入るのか?

葬儀費用はどれくらいかかるのか見当もつかない。

その他、葬儀以外でどれ位のお金が必要になるのか全く先が見えず途方に暮れる。

葬儀に関しての知識が少ないのは、喪主になる機会なんてそう何回もないところではないか?

多い人でも2回?

経験値を活かす機会が極端に少ないのが、葬式であろう。


さて、話は変わるが以前、当ブログで「保険の目的」について書いたのを覚えてらっしゃるかな?

「あなたも社会人になったら保険位入っておかないと・・・」って言われたことがない?

この場合の保険とは、生命保険のことで、社会人になったから入るのではなく、目的に応じて必要な保険を選ぶのが正しい。

保険の目的とは「死亡」「医療」「がん」「教育」「年金」「介護」。大きくわけるとこうなる。

中でも「死亡」は年齢や家族構成によって其々様々な目的に細分化される。

長くなるので明日に続く
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音楽の神様?

先日、指揮者である佐渡裕氏の本を紹介したが、あの記事を書きながら思い出したCDがあるので紹介しよう。

以前も取り上げた事があるような気もするが、何度でも書く。

ピアニスト辻井伸之氏と佐渡裕氏の共演でラフマニノフピアノ協奏曲2番を楽しもう。

辻井氏の紹介は改めてするほどのことはないくらいメジャーであるが、知らない人のためにちょっとだけ付け加えると・・・
第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールにおいて優勝。
「ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール」は、「ショパン国際ピアノコンクール」、「チャイコフスキー国際コンクール」とならぶ世界的コンクールで、
過去の優勝者の多くは、受賞後世界的活躍を続けている。

以上はアマゾンの解説から引用したが、それだけではなく、彼は目が見えない。

こんな人がピアノコンクールで優勝?

余りの嬉しさに早速買い求めたCDがこれ↓↓

CDとDVDのセットになっているが、観て聴いてどちらでも楽しめる。

圧巻はDVDのレコーディング風景。

DVDの解説では、ホールの残響が消えた瞬間、音楽の神様が舞い降りた・・・と佐渡氏の言葉が載っている。

確かに、納得。

音楽の神様とは、なんと表現力のない言葉かと思うが、このDVDを観た後では、その言葉しか思い浮かばない。

まっ、オレの解説なんざ聞いたところで何の役にも立たないので、お宅の高級リビングにある、高級オーディオセットで耳を傾けて頂きたい。

やっぱ音楽の神様っておるんやわ・・・♪
広島ブログこちらには、ブログの神様が沢山いる。

ところで、久しぶりにこの曲を聴こうとCDを探したら、どこにもない。

どうしたものかと家族に聞いたところ・・・


ブックオフへと旅立ったらしい。。涙

削った鎬

8月27日土曜日・午前9時。

場所は広島文化交流会館。

多くの吹奏楽部員に交じって、落ち着きのない親の顔も見える。

昨日は、吹奏楽コンクール中国大会・高校の部が行われた。

ここで、金賞を獲って代表に選ばれると、その先は全国大会の舞台が待っている。

金賞を獲るだけでは、行けない。その先にある代表に選ばれないと全国には行けない。

出場21校の内、代表はたったの3校。

開かれている門はそれなりに狭い。

中国大会に来るような学校は、同じ思いを抱いて練習に励んできた腕自慢ばかり。

県大会とはまた違う、一段レベルアップしたところで、鎬を削るのである。


高校の部は前半と後半に分かれていて、前半が済むと観客は総入れ替えになる。

子供の出番は午前なので、そのチケットを手に入場する。

400円も出して買ったパンフレットに感想を書き入れていく。

前半の一番目は広島の新庄高校。
ここは中国大会に初出場らしく、ノビノビと演奏しているような姿が凄く好感がもてた。

次から次へと強者の舞台が粛々と進む。

子供の出番は8番目。
「末広がりでええ番号やん」普段からゲン担ぎの部類には全く縁のないくせに、こんな時だけ調子のいいことを考える。

無事に演奏も済んで、前半最後はおかやま学芸館高校。

この学校の演奏はマジで凄かった。
ホールの残響がなくなった時点で代表に決まったと思った。

ここで前半が終わり会場を出る。
偶然、外で弁当を食べている子供と出会う。

ここまでの感想。
「出雲北陵・広島国際・おかやま学芸館で決まり」午後の部も聞かないうちからそんな予想を立ててしまった。

この予想は、結果を知った後の後講釈ではない。
昨日の昼にfasebookに投稿してあるからそれが証拠。

それくらい飛びぬけていたように感じた。

午後、全ての演奏が終わって結果発表。
代表として全国の舞台へと上がるチケットを手に入れたのは、出雲北陵・おかやま学芸館・山口防府西高校の3校。

子供の学校は銀賞で、熱い戦いは幕を降ろした。

予想していた2つが当たって、一番当たって欲しいところが外れた。

何とも間抜けな話しである。

しかしまぁ、学芸館の演奏を観たら、仕方ないと思う。

あの舞台のために、凄い練習を積んできたんでしょうね。

心からお祝い申し上げたい。
普門館の舞台でも、中国地区代表として、あの演奏で観衆をブッ飛ばしてもらいたいと願う。

ところで、子供にとって5回目のコンクールの舞台も去年を覗いて全て「銀」

これはもしかして、「銀蔵」というハンネに原因があるのかも。

明日から「金蔵」にしようかとアホなことを考えているのである。

アホらしくクリック
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雨と棺と胸ポケット

山陽自動車道を東へ、ひたすらアクセルを踏み込む。

岡山・兵庫・大阪を過ぎると奈良方面に進路を変える。

いくつかの山を越えるとそれまで晴れていた空は暗雲が覆い、車のフロントガラスを叩きつけるような雨が降り出した。

ワイパーをせわしなく動かしながら、母に逢うため3年振りに故郷へと走らせた。

約500キロを走り抜け、目的地に着く。

3年振りに出会った母の顔は、棺の中で笑っているようにみえた。


いつかこんな日が来ることは覚悟をしていた積りである。

それでも、現実を目の前にすると激しく動揺しうろたえる自分がいた。

我々兄弟にとって、尊敬し敬愛し、それは最後の砦であり、柱であった。

心の支えが外れたように、目の前が暗くなった。


生前、口癖のように「お前らの世話にはならへん!!」と言ってたが、それを実行するようにあっけなく一人で旅立ってしまった。

せめて、さよならくらい言わせてくれよ!!

オレらの想いを知ってか知らずか、本人の意志通りの最後を迎え父の元へ行ってしまった。


通夜・本葬は粛々を進む。

家族葬と言うこともあり、親族だけで済ます葬儀にも、どこで聞きつけたのか大勢の列席者に囲まれる。

棺を送り出す時もやはり雨。

天からの雨は肩を濡らし、顔は涙で濡れ、あまりにも偉大で優しかった母は小さな骨壺に収まってしまった。

火葬が済んだ時には、雨も止んでかすかに青空が見えていた。



吹奏楽コンクールを間近に控えていた娘。

この時期に練習を抜けるのは大きなハンデになるが、こればかりは仕方ない。

来年こそは母を演奏会に招待しようね。
そんな願いも果たせなくなった。

いつか娘の演奏を聴かせてあげたい。
孫の成長した姿を見せてあげたい。

火葬場でそんな話しをしていたところ、娘が指の骨を拾ってきた。

それを包んでケースに入れて、胸ポケットに収めた。

「これで、おばあちゃんいつでも私の演奏を聴けるよ」

「コンクールの日もおばあちゃんと一緒に出るね」

今日がそのコンクール当日になる。

きっと娘の胸ポケットで、その音色を聴きながら、微笑んでくれていることと思う。

広島ブログ
皆さんのところに行けない間も、いつもご訪問ありがとうございました。

当ブログは明日から通常モードに戻ります。

後輪・再放送編、その4

しばらくはアルバイトで食い繋いでいた少年は自分で探してきた寮付の仕事に就くことを決めた。

家を出るのは高校を辞めた年が明けた2月某日。

小さな鞄に身の回りの物を詰めて用意するのが楽しかった。


やっとこのクソ田舎を出ていけるよ。

清々するね。


そんな気分に支配されていた。

家のある山奥からバスの通っている国道までは知り合いが車に乗せて行ってくれることになっていた。


生憎とその日は悪天候で、風とともに横殴りの雪が容赦なく体に叩きつけられていた。

滑らないように丁寧に後輪にタイヤチェーンを巻きつけて準備は整い、バスの時間に間に合うように家を出る少年と母親。


暖房で暖かくなった車内に自分だけが体を滑りこませ、一息ついた。
車の外では、母親はやはり無言で見送ってくれている。



やっと出て行ける。

忌々しいクソ田舎ともおさらばよ。

二度とこんなところに帰ってくるもんか。


そんな事を考えている内にギアが入り、クラッチを繋ぐとゆっくりと後輪が回り出し、アスファルトを覆った雪をつかみ、タイヤが滑らないように慎重に進み出す。



オレは前だけ見ていた。

何の根拠もない自分の明るくて輝かしい未来しか頭になかった。


そんな動き出した車の中からフッと思い立って残された母親を振り返って見た。


すると・・・



自由にならない悪い足を引きずりながら・・・


服の袖で涙を拭き、声もあげず車の後を追って走る母の姿がそこにあった。


自分の中でせき止められていた何かが外れた。

それは母への謝罪か自分の愚かさ加減に対するものかわからないし、もしかしたらその両方かも知れない。


雪の中で走ってこけて怪我でもしたらどうすんねん!

そんなオレの思いは置き去りにして後輪は雪道を捉え次第にスピードを上げていく。

横殴りの吹雪と止めることが出来ない涙の中で、母の姿は次第に小さくなり、やがて見えなくなった。






あれから30年以上が過ぎて今では4人の孫に恵まれている母。

不思議なことに誰が教えたわけでもないのに娘は体の不自由な母の世話をしっかりしてくれる。
その姿に目を細めてフッと思う。

もしあの時、後ろを振り返えっていなかったとしたらどうなっていた?
散々悪さもしたけれど、それでも大きく道を外すことなくこんな日が迎えることが出来たのも、あの雪の中で追いかけてくる母の姿が心のどこかに残っていたからではないか。



この日記はもちろん誰かの同情が欲しくて書いたのではない。
親孝行なんてものは形じゃあない気持ちよ気持ち!!

そうとは分かっていてもやはり思うわけよ。
大阪城みたいな2世帯住宅でもバァ~ンと建てて、フカフカのベッドで寝かせてあげてご馳走いっぱい食べさせてあげてたまには旅行でも連れていってあげたいと。

そんな事を母に言ったところで「寝るだけの畳があったらええねん」「ご馳走よりも3食たべられたらええねん」と返ってくるだけ。

それでも何か形として親孝行がしたいものの何一つ出来ていない自分の甲斐性のなさに呆れる。

雪景色を見ながら書いたこの日記はそんな不甲斐無い自分への喝と戒めなのである。

結局なにが伝えたかったのかといえば「お母さん大切にしようよ!!」ってお話でした。

長い文章を読んでくれてありがとう!

母親の偉大な愛にクリック
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予約投稿につきコメント欄は閉じさせて頂きます。

以上4話は今年の1月に思うところあって書いた話し。
再投稿するかどうか悩んだが、アップすることに決めた。

皆さんのところへも訪問出来ていないが、元の生活に戻れるまでしばしお時間を(__)

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